言葉にすること

誰かを、というよりはまあ明確に対象の相手がいるのだけど。悪者扱いするみたいで、愚痴を吐き出すことに生理的な嫌悪を覚える。

いい子ぶりっ子とか、偽善者とか、そういう話ではない。

個人的に、「人を嫌う行為」が嫌なのだ。

だけど嫌わないにしろ、「嫌悪感」というのは生まれる。全ての人間が聖人君子並みならば、何も問題はなかったのだろうけど。

人間は人間たる生き物であり、個性を生み感情を抱いて生きている動物なのだ。

他人を不愉快にしないことなどありえない。

もちろん、私自身些細なことに不満を抱く。不満はやがて嫌悪に変わり、心内の嫌悪感は段々と相手に対して「嫌いな人間」という括りをし始める。

そうすると事は厄介になる。

いくら私が「人を嫌いにはなりたくない」といい子ちゃんぶった思想を描いていても、心が、本能が「あの人間は嫌いだ」と言えば身体は言うことを聞かない。

「嫌い」という思考はすごい。

全ての物事に対し「嫌いだから受け付けない」とイチャモンをつけ始める。

「嫌いだから」を理由に関わりを遠ざけようとする。

「あなたが嫌いだから、あなたとは話をしません」

「あなたが嫌いだから、あなたの隣には座りません」

「あなたが嫌いだから、あなたの言葉には耳を傾けません」

「あなたが嫌いだから、あなたの悪口を言います」

そうこうした言動が許されるのはあくまで中高生、といったところだろうか。

その言動が私個人ではなく集団になれば話は別なのだが、私個人が相手を嫌うことで相手との距離を測ることには然程問題はない。常識範囲内での話だ。

中高生までは。

 

しかし、社会人ともなればそんなことは言っていられないのが現実である。

どれほど嫌いでも、上司には従わなければいけないし、仕事の関係は良好に築かなければいけない。

そこに「嫌い」と言う感情を持つことによる私自身の苦痛は計り知れない。

だから、私は人を嫌いたくないのだ。

 

しかし、何度も言うが、例え聖人君子のように「私」が人を嫌わないように振舞っていても、人間たる動物は「不愉快」を生み、「嫌悪」を与えてくる。

相容れない人間同士であれば、それは最早生理的現象に近い。「仕方がない」のだ。

 

だが、この自身の胸に植え付いた「嫌悪感」を露わにすることはできない。なぜなら社会人だからだ。

愛想笑いを浮かべてハリのある声で返事をしなければいけない。

「嫌悪感」を文句として口から吐き出した途端、急激な変化を伴い、私自身を襲うだろう。

言葉にすることで、「私があの人を嫌い」が事実として蠢き回るのだ。

 

けれど、じゃあ、どうしたらいいのだ。

私はこの「嫌悪感」を抱き続けて、相手とコミュニケーションを取っていかなければいけないのか。

苦痛だ。

苦痛すぎる。

人ひとりを嫌う行為は、驚くほど体力を消耗する。

精神的な苦痛が日々襲ってくる。

嫌いな相手と笑顔でコミュニケーション。いい子のフリして、終いにゃ猫なで声。

こんなにも自分がヘタクソだとは思わなんだ。

対人関係とは、いやはや、なるほど。難しい。

社会不適合者の私には厳しい世界だ。

 

結論として何が言いたいかと言うと、

 

結局、私は「愚痴」として相手のことを口にした。言葉として紡ぎ、相手を知らない第三者にぶつけた。

言葉を吐き出す最中、頭を過るのは「他者を悪者にして同情を得ようとする性格の悪い自分への嫌悪」だった。

しかし、

 

しかし、だ。

 

「嫌悪感」を抱く相手のことを口にして、声に出して、言葉として吐き出してしまうと、何とも言えない爽快感を得た。

ずっと言えなかった言葉たちが、空気に触れて喜んでいるのが目に見えた。

 

私は気づいた。

「同情が欲しいのではない、同意が欲しいのでもない。ただ、積もりに積もった鬱憤を第三者としての他者に放り出してしまいたかったのだ。」と。

相手を知らない他者だからこそ「ふぅん」で終わることもあるが、それでもよかった。

単に吐き出してスッキリしてしまいたかっただけなのだから。

 

 

ここでは愚痴の話をしたが、言葉にすることで変わるものは他にもある。

「夢」と「野望」だ。

言葉にすることで、実感を得る。自分の夢に対する現実味だ。本当にこれでいいのか、なんて悩みは頭の中で延々としていたって構わない。

しかし、言葉として、第三者に振りかけることにより、頭の中で描いていた「夢」が現実味を帯びる。

言ってしまったと言う事実が、自身を奮い立たせる。

 

思い一つ、言葉にすることで変わることはあり得る。

今の自分の現状を、打破することだって可能かもしれない。

 

私は、後向きな私と永遠に付き合いながら、それでも、前を向くと決めた。

私は、必ず「劇団の照明チームを担いながら、板の上に立つ」。

 

 

 

(まずは文章にすることから。)